韓鶴子女史み言アーカイブ

韓鶴子女史が語られた至宝のメッセージ

人間の行くべき生涯路程⑦

 そのような愛を受けるためには、自己中心に生きるのではなく、神様を主にして、兄弟である人類を主にして生きなければなりません。お父さん、お母さんに代わって兄弟のために最も多く血と汗を流して長く耐えて克服した人であるほど、深く、広く、高い愛を受けるのです。そのような息子になり、娘になってこそ、お父さん、お母さんの全体を相続することができるのです。

 この道は、男性も女性もみな行かなければなりません。したがって10回でも100回でも死の峠を経て、また死んだのちも絶えず神様の愛を求めていくことが、人生において行くべき最高の道なのです。

 統一教会の「原理」は、人間が神様の愛の圏内から脱したことが堕落であり、神様の愛の圏内に再び入ることが復帰だと教えています。そのような愛の圏内に入れば、自分の手一つ見ても1000回、1万回激賞するようになります。その世界では、自分の手も神様の愛を受ける手になるので、その喜びは言葉で表現できないのです。そのようにすてきな世界が天国です。

 私たち人間の心が神様の愛を占領する日には、1000年、1万年歌を歌って踊ることができるというのです。神様の愛に酔うようになれば、酒やアヘンのようなものに酔うのは比較にもなりません。天下に存在するものすべてを呼べば、そこにこたえないものがありません。流れる水だけ見ても、千年間歌を歌うことができます。そこにおけるささやきの甘味は、無窮無尽だというのです。その時は、世の中のすべてを成し遂げたことになるので、金銀財宝も他の何も、みな必要ありません。世の中で、それより貴いものがないというのです。

 このように見るとき、人間の価値は、愛を通じ、真の愛の感覚を通じて宇宙と和することができる主人格なのです。これを成し遂げることが人生の行くべき道です。

宗教の使命

 霊界は、今まで未知の世界でした。その世界は、神様の存在原則である、「ため」に生きた人間だけが行く所です。そういう内容で形成された世界が理想天国です。そこが私たち人間が求めていくべき本郷です。

 今日、私たちは、堕落した人生によって本郷から追放された人間となったがゆえに、本郷の地に向かって帰らなければならない運命にあります。しかし、そこへは人間自体だけでは帰ることができません。それで神様は、人間が帰ることのできる道として、その民族の文化背景、風習あるいは伝統に従って数多くの宗教を立て、歴史的に収拾してこられたのです。

 宗教は、本郷の地へ帰ることのできる資格者を鍛える訓練の場です。神様は、東西南北四方の文化背景によって、高い所に前進できる一つの統一された宗教世界に導いてこられたのです。そのような本郷の地に導くべき宗教であるがゆえに、宗教は「ために生きよう」ということを教えてあげざるを得ません。それで高等な宗教であるほど「ため」に生きなければならないという原則を強調し、「温柔謙遜であれ」と教えるのです。無数の人々を高め、彼らのためになる立場に立って、「犠牲になり奉仕しなさい」と教えるのです。

 これから、私たちの前に到来する2000年代は、世界の全人類が神様を中心とした真の本然の人間の価値を取り戻し、天地父母と一体となり祝福を受けた真の家庭を成し遂げ、神様と真の父母を中心として、永遠に「ため」に生きる真の愛の道理を実践する、真の平和と理想の天国時代を迎えなければならないのです。

 皆様の家庭と国家が神様の愛と祝福に一層満たされますようお祈りいたします。ありがとうございました。


韓鶴子総裁講演集」より