韓鶴子女史み言アーカイブ

韓鶴子女史が語られた至宝のメッセージ

救援摂理史の原理観①

「世界平和家庭連合185カ国結成大会」東京大会
1996年9月10日、千葉、幕張メッセ

 尊敬する御来賓、「世界平和家庭連合」の会員、そして紳士、淑女の皆様!
 緑の季節8月を送り、既に五穀が実る天高く馬肥ゆる豊かな結実の季節、秋の初めに、私たちすべてが顔を向かい合わせて座り、自らを確立してみる時が来ました。このような時に、私はきょう、各界の高名なる指導者の皆様と共に、人間の生命の揺籃であり、平和世界の礎石たる真の家庭に関して、共にお話を分かち合えることを無限の喜びと考えます。きょうのこの集いが未来に健全な家庭と平和世界を築く、貴い動機となるようにお願いします。

 神様は絶対者であられ、唯一、不変、永遠であられるお方です。そのみ旨も同じなのです。もし人間始祖アダム、エバが神様の愛で一体になったなら、万事は完全、完成なのです。ですから、神様の出発、目的とその過程も、そして原因と結果とその方向も絶対的なのです。人間始祖アダム、エバは無知から堕落し、混沌に陥りました。個人的な無知と混沌から、家庭、国家、世界的無知と混沌に陥るようになりました。

 この堕落圏を逃れるためのものが宗教と救援摂理の努力なのです。終わりの日にメシヤが来て、神側で見る唯一、絶対、永遠、不変なる原因と方向と結果をはっきり教えてあげ、無知と混沌世界を清算して本然の神様の懐に帰るべきなのが、み旨の完成です。そのようにならなければ、終わりの日に、すべての宗教も、主義や思想も、国家も、みな滅びるようになるのです。今、私たち人類はわずか数年で21世紀を迎え、2000年代の新しい歴史時代に差し掛かります。このような重大な時点で、私はきょう、「救援摂理史の原理観」を主題として話し、新しい時代を準備する私たちの心を確認しようと思います。

真の愛は経験を通して得られる

 創造主と人間との真の愛を中心とした完全、完成を願う神様は、人間と一体となる条件が必要でした。それで神様は、人間始祖に下さる戒めが必要だったのです。人間が成長期間を育っていく未完成段階にいたことを御存じで、神様が子女である人間に、最も貴い真の愛を相続させようとなさる条件が戒めでした。本来、真の愛は経験を通して得て、体恤を通して分かるようになっていました。真の愛は、言葉や文字、あるいは一般教育を通して体得できるものではありません。生活を通してのみ、完全に体得するのです。

 赤ん坊として造られたアダムとエバは、成長しながら段階的に生活を通して経験をすることによって、真なる子女の心情、真なる兄弟の心情、真なる夫婦の心情、真なる父母の心情を体恤することによって完成するようになっています。神様の真の愛を全体的に体得するとき、初めて創造目的を完成した理想的な人間になるのです。

 人は自分の愛する相対が、自分より何千万倍、いや無限大の価値的存在として生まれることを願います。このように神様も、御自身が愛する相対である人間が、無限なる価値的存在になることを願われるのです。人間が完成すれば神性をもち、天の父が完全であられるように、完全で神的な価値をもつのです。神様は絶対者であられますが、真の愛の理想は一人では成されません。愛の理想は必ず相対を要求するからです。

 私たちはここで、神様の真の愛と人間の真の愛の出発と完成が互いにいかなる連関をもっているかを知らなければなりません。もし、神様が真の愛の絶対的な対象として人間を立てずに、他の方法を通して御自身の真の愛の出発と完成を成そうとされたなら、どのようになったでしょうか。

 神様と人間の真の愛の理想は、各々動機が異なり、二つの愛の方向と目的は異なるしかなくなります。もしそうなるなら、神様の愛の理想は、人間より上位の、またほかの愛の対象を立てて成さなければならず、一方で人間の愛の理想は、神様と直接的な関係をもてなくなってしまいます。

 真の愛の主体者であられる神様は、その真の愛の相対として人間を立てました。神様の愛の理想は、人間を通してのみ完成されるのです。神様の創造目的は、神人愛一体の絶対的愛の理想世界です。人間は、神様の最高最善の愛の対象として造られました。それゆえに人間は、創造物の中で唯一、神様の実体を身につけた対象なのです。無形の神様の前に、見える体として生まれました。人間は完成すれば神様の宮になります。神様が自由に、また平安にいつも入ってきて住まわれ得る有形の実体です。神様の絶対的な真の愛の全体的な理想は、人間を通して父母と息子の縦的関係で実現、完成します。


韓鶴子総裁講演集」より