韓鶴子女史み言アーカイブ

韓鶴子女史が語られた至宝のメッセージ

天宙は私の故郷であり祖国①

文鮮明先生御聖誕80周年祝賀・東西南北統一前進大会」
2000年3月7日、九州大会、北九州市西日本総合展示場
       8日、広島大会、広島市広島県立総合体育館

 今日まで共にいてくださり、見守ってくださった神様に、このすべての栄光をお返ししようと思います。私の夫である文鮮明総裁は、生涯を通して、ただひたすら神様の創造理想実現のために諸般の難問題を解決しようと心を砕いてきました。

 16歳(数え年)の少年のころに天命を受け、楽園のイエス様をはじめとする歴代の聖賢たちと自由に交流しながら、神様のみ旨の究明とともに、人類救援のための復帰摂理歴史を完結するために、孤軍奮闘してきました。

 知ってみると、神様は栄光と尊貴の玉座にいらっしゃるお方ではなく、堕落し地獄に落ちた子女たちを救うために苦労してこられた、悲しみと嘆息と苦痛の神様であられました。

 この意義深い日、私たちが心に刻まなければならないことは、私たちがみな、神様の心情と完全に一つになることであり、さらには神様のみ旨を成し遂げることです。

 人間は堕落によって霊的無知に陥ることにより、神の実存および人間と宇宙に対して根本的な無知に陥りました。したがって、肉身をもってこの世をどのように生きるべきか、死後の霊界の実在とそのための準備として地上生活がどのようでなければならないかということを知らないまま生きてきました。

 神様のみ旨と心情を知って生きてきた夫の生涯は、一言で言えば、昼夜を忘れ、季節も環境も超越して、ただみ旨を成就するために全身全霊を尽くす道でした。

 夫の80年の生涯を振り返ってみるとき、これまでの多くの苦難と迫害にもかかわらず、この場で、今日、皆様と共に過ごすことができたのは、ただただ神様が助けてくださったからです。

 総裁はこれまで、世界の至る所の公席で1万回余り話してきました。これは既に300巻余りの本として発刊されました。

 今日、親愛なる女性指導者の皆様と出会ったこの意味深い場で、これまで総裁が考え、教えてきた内容の一端を「天宙は私の故郷であり祖国」という主題でお話ししようと思います。

理想的な存在のモデル

 本来、天宙は、人間が主人となって暮らすように造られた巨大な家です。そしてこの天宙の中心となった人間は、上下、左右、前後の関係性、すなわち父子関係、夫婦関係、兄弟関係の中で球形として存在します。神様は、この上下、左右、前後である1、2、3、4、5、6の中心である第7の位置にいらっしゃいます。それで神様は、私たちの日常生活を指導されながらも、見えない中心の位置にいらっしゃるのです。

 人間は、堕落したサタン圏内での拘束と苦衷の中から、神様の助けにより自由と解放を受け、真なる息子、娘として成長したのちに、相対に出会い、真なる夫婦となり、さらに子女を生み、真なる父母となることが正しい人生路程です。ゆえに、私たちは、真なる子女を否定することができず、真なる夫婦を否定することができず、真なる父母を否定することができません。これを否定すれば、宇宙の原則に逆行し、自らの存在を破壊することになります。

 それゆえ人間は、真なる父母と共に、真なる夫婦と、真なる息子、娘によってなされた真なる家庭を成し遂げなければならないのです。これがすなわち、理想的な存在のモデルとなるのです。

 人間は、家庭で真なる父母の愛を完全に受けなければならず、真なる夫婦の愛を完全に受けなければならず、それから真なる息子、娘の愛を完全に受けなければなりません。このようなすべての人間関係を完成させるのは、お金でもなく、知識でもなく、権力でもなく、物質的な力でもない、均衡をなす神様の真の愛しかありません。

 真の愛は、投入する力です。与える力であって、受けることのみの力ではありません。すべてを与え、零点(ゼロ・ポイント)の位置に入っていくのです。完全に空いた場になるので、零点の位置には、何が入ってきてもOKです。

 それで、与える力が永続するので、戻ってくる力が加重され、永続することによって、永遠なる均衡がなされるのです。それゆえ、真の愛を中心に「ため」に生きる世界は、授受作用を通して完成されるのです。

 天地のすべてのものが相対的関係で存在しているのも、このように授けて受ける作用を通して、真の愛の世界を成すためなのです。

 相対関係において、すべての授ける力に対して、戻ってくる力が運動することによって、その中心点は永遠に定着することができるのです。すなわち、天運の数である7のような真の愛の中心位置に神様がいらっしゃり、全宇宙が均衡をなして運行しているのです。天運というのは、このように受けて返す巨大な天宙的な流れです。その中で、愛も流れ、空気も流れ、水も流れ、光も流れます。しかし、その流れは、回り回って、再び円形に戻っていくのです。


韓鶴子総裁講演集」より