韓鶴子女史み言アーカイブ

韓鶴子女史が語られた至宝のメッセージ

真の家庭と私①

世界平和女性連合創立3周年記念大会」
1995年9月14日、東京ドーム

 満場の内外貴賓の皆様! このように意義ある場でお話しすることができますことを、この上なくうれしく思うものです。今、世界平和と人類の理想世界建設のために和合と統一の志を立て、平和な世界を成すために、先頭に立たなければなりません。きょう、私はこの講演を、皆さんと隔たりなく、平素、私が考えてきた「真の家庭と私」という主題でお話ししようと思います。

なぜ、心と体が闘うのか

 真なる国は、男性と女性の2人が真なる家庭を完成させてできるものです。人類は2人の人、男性と女性で構成されています。世界の複雑な問題も、2人の人にかかっています。真なる2人によって成される真の家庭の完成は、全人類と世界の問題解決のモデルになるのです。ここから真なる家庭が真なる国家と真なる世界に連結されることによって、平和世界、理想世界が形成されるのです。ですから、「真の家庭と私」は、どのような家庭と私であり、私たちが解決すべき内容は何かを考えてみようと思います。

 今、私たちが生きている世界は善なる世界か、悪なる世界かと尋ねるなら、誰でもみな悪なる世界だと答えることでしょう。なぜ、悪なる世界なのでしょうか。全世界の歴史を見ても、一国の歴史を見ても、戦争史で連結されているという事実を私たちは知っています。一つの平面的な基準で同じ立場にある人々が戦うようになるなら、これらはより衰退するようになっています。

 世界が悪いなら、私たちの国も悪いという話であり、その国の人も、私たち自身も悪いと言わざるを得ません。私たち自身をよく見れば、私たちの心と体も闘っている事実を否定することができません。それなら、この闘いの起源がいったいどこにあるのかということが問題です。

 私自身が闘い、平和の基地を持てないときは、いくら家庭が平和で、国と世界が平和だとしても、幸福ではあり得ないのです。皆さんが御存じのように、第1次、第2次世界大戦も終戦となりました。戦争は、終戦や休戦にいくらでもすることができますが、私たちの心と体を中心としたこの闘いは、昔から歴史を経て、今の現世ももちろんですが、未来まで継続する闘いであることを、私たちは想像だにしていません。

 このような問題を中心として考えるとき、神様がいらっしゃるなら、私たちの心と体の闘いを、なぜこのように歴史性を帯びて継続させたのかということが大きな問題になるのです。人間が罪を犯したというとき、罪を犯した人がそのことを蕩減しなければならないのです。罪を犯したこと自体に神様が責任を負い、これに干渉することはできないのです。

 では、心と体が闘う根源地はどこでしょうか。私たちの生命は父母から受け継ぎ、また父母をさかのぼっていけば、第1代の私たち人類の先祖の立場までさかのぼるようになります。すなわち、第1代の先祖であるアダムとエバの夫婦の愛に、問題があったためにこのようになったと見るのです。

 生命の起源は、父母の愛で始まるのです。では、私たちの生命が出発する前からこのような闘いが始まったと見るなら、父母が愛し合った立場が問題になったという事実を私たちは考えざるを得ません。アダムとエバの愛が喜びの愛にならず、相いれない愛の起源によって生命を受け継いだ私たち人間自体の紛争は、そこから始まったと言わざるを得ません。

 聖書は、アダムとエバが堕落することによって、エデンの園から追い出されたといっています。追い出されて人類の先祖が子女を繁殖したのは事実です。追い出したアダムとエバに、神様が結婚式をしてくれるはずは絶対にありません。誰のもとで結婚式をしたかと考えると、堕落することによってサタンのもとで結婚式をしたということを、私たちは認めざるを得ません。堕落は、サタンによってエバが誘惑され、誘惑されたエバがアダムを誘惑したのです。

 ですから、私たちの先祖であるアダムとエバが愛を中心として夫婦関係を結ぶとき、喜びの関係ではなく、相いれない関係により私たち人類の始祖が始まることによって、その関係に起因する私たち人間も、心と体の闘争の起源を連結せざるを得ないという事実は、何よりも理論的なのです。

 堕落は、淫乱によって始まったのです。このような願わない愛の関係によってサタンと一つとなって、善なる先祖になれず悪なる先祖になって、悪なる愛と悪なる生命と悪なる血統の根をもつようになったのです。

 このようなことが事実であれば、私たち全人類の堕落した後孫たちが、家庭を超えて氏族、国家、世界まで発展した今日、50億人類はサタンの後孫であり、悪なる父母の血統を受け継いだということを否定できないのです。私たちの体の中に、神様が一番嫌うサタンの血が蠢動しているという事実を、どこの誰も考えることができませんでした。これが問題です。


韓鶴子総裁講演集」より