神様と人類が探し求める平和の国と世界①
「天宙平和統一国日本大会」
2001年11月5日、福岡大会、グランド・ハイアット・福岡
6日、高松大会、マツノイパレス
7日、大阪大会、三井アーバンホテル
8日、神戸大会、ホテル神戸オークラ
9日、名古屋大会、ヒルトン名古屋
10日、東日本大会、京王プラザホテル
11日、千葉大会、東横イン千葉ポートスクエア
12日、東京大会、ホテルオークラ東京
尊敬する各界指導者の皆様!
歴史的な大転換の時を迎え、今日の韓国の統一と世界の平和を憂慮する指導者たちが一堂に会しました。去る9月11日、ニューヨークとワシントンD・Cで起こった惨劇(同時多発テロ)は、全世界に驚きと衝撃を与えました。平和と安全に対する懸念とともに、現代文明と人類の未来に対する深刻で根本的な疑問を再び投げ掛けたのです。
折しも、10月19日から22日まで、ニューヨークでは意義深い国際会議が開かれました。私が創設した「世界平和超宗教超国家連合」と「世界NGO連合」である「WANGO(ワンゴ)」との共同主催により、全世界101カ国から元・現職国家元首、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教・仏教・儒教などの主要教団の最高指導者、学界、そして各国の「NGO」の代表など、400人以上が参席し、真摯かつ深刻に今日の世界が当面している危機と、これを平和的に解決するための方案を模索し、討論しました。
恒久的、かつ根本的な平和世界の実現に対する私の構想を、その開会演説において伝達した次第であり、きょうこの時間、私の所見の一端を分かち合おうと思います。
きょうお話しする題目は「神様と人類が探し求める平和の国と世界」です。人類は、歴史を通して平和世界を希求してきました。しかし、その夢は、1度も実現することがありませんでした。振り返ってみれば、政治的・軍事的対立が熾烈だった冷戦が終息し、多くの人々が高度化した科学文明の基盤の上で、人類が願ってきた平和と安定の新時代が来るものと期待していました。
ところが、葛藤と憎悪、利己的欲望が私たちの中にそのまま残されており、またそれが、別の形態のさらに大きな災禍を生んでいることを、今になってようやく実感しているのです。無辜(むこ)の人々に対する暴力が罪悪であることは自明であり、このような行動は、必ず終息させなければなりません。
それならば、このような葛藤と闘争を根元から除去する解決策は何でありましょうか。憎しみと葛藤と闘争の種は、どこに植えられて根を張っているのでしょうか。それは、人類始祖の最初の家庭の中に植えつけられたものでした。その根から代を重ね、葛藤と闘争が綿々と続いてきているのです。
そうであれば、葛藤と紛争を解消し、平和を実現する道はどこに求めなければならないでしょうか。人類はこの間、葛藤と紛争を克服し平和を実現する道を、政治的・外交的努力により、あるいは経済力や軍事力を通して探し出そうと試みてきました。
しかし、このような方法は、根本的な解決策となることはできませんでした。根本的で唯一の方法は、失ってしまった人間始祖の最初の家庭、すなわち神様の理想家庭を復帰することです。それは、神様を中心とする家庭、真の愛を縦横で完成した家庭のことです。
神様は、真の愛の本体として存在し、人類にとっては無形の真の父母であられます。愛は独りでは成立しません。必ず相手を通して結実されます。人間は、神様の真の愛の実体対象として造られた子女です。神様は、人間に「生育せよ」という第1祝福を与えられたのであり、その第1祝福は、人間が神様の真の愛の完全な対象、すなわち真の人間になりなさいという祝福でした。神様は、自らの対象に、ご自分よりも優れていることを願われました。
神様は、真の愛の対象である人間に対し、投入して忘れ、さらに投入して忘れ、無限に与えたいと思われる真の父であられます。愛の出発が無限に「ため」に生きるところから出てきたからです。
神様は、人間に対して「殖(ふ)えよ」という第2祝福を与えられました。人間始祖は、神様の子女として成長して完成し、神様と一体となった心情圏のもとで、真の夫婦として完成するようになっていました。続いて、彼らは、神様から相続した真の愛、真の生命、真の血統を彼らの子女に伝授しながら、実体の真の父母となるはずでした。
このように神様の創造理想は、最初の家庭から縦横に真の愛を完成するようになっていたのです。神様の愛が絶対、唯一、不変、永遠なように、その家庭は、真の愛を中心とし、絶対、唯一、不変、永遠の家庭となります。ここから人間は、神様と一心一体となった実体となり、完全な自由と幸福と平和の理想を完成するようになります。
この時、人間は、宇宙万象の歓迎を受ける真の愛の主管主となるのです。これが神様の人間に対する第3祝福です。第3祝福は、人間が万物を主管しながら、幸福な生活条件を得る祝福です。これには生態系と自然を真の主人の立場から保存しなければならないという管理の責任も含まれています。
「韓鶴子総裁講演集」より