韓鶴子女史み言アーカイブ

韓鶴子女史が語られた至宝のメッセージ

祝福と永生④

創造主の永遠なる真の愛のパートナー

 永生の論理を、いかに見いだせますか。神様は、知恵の方です。もし、神様に愛の理念がなかったなら、神様は孤独単身で、喜怒哀楽を感じることができないでしょう。

 絶対的な愛を失われた神様は、歴史始まって以来、誰も体験できない深刻で悲惨な立場に立っています。永遠に、誰も慰めることができません。本然の息子、娘を犠牲にして、それで満足されるのではありません。御自分の願いである、真の愛の理想的パートナーを再現させて、彼らを抱いてあちこちと移動しながら、もっと輝くように着飾って、さらに美しく誇りたいのです。全宇宙を、彼らのために造ったのです。

 大気圏が絶対低気圧圏になれば、高気圧圏が生じて、自動的に循環運動が起こります。神様は、真に知恵の王様です。なぜ、投入して忘れなければならないのでしょうか。自動的循環原理を通して、永遠に回転が始まるので、永生の論理が設定されるのです。

 投入し、投入し、また投入するところに、永生の論理が展開されます。「ため」に生きることにおいては、滅びることはありません。小から大へと成長して、その大は次に内に入って、核となります。

 神様が絶対的な真の愛のパートナーを求めるとすれば、誰を立てるでしょうか。それは、間違いなく人間です。それで、「万物之衆唯人最貴」(万物の中で人間が最も貴い)という、言葉が出てきます。ここから、創造主の永遠なる真の愛のパートナーになった時、そのパートナーは永生するという論理が生じるのです。

 永生というのは、自動的な産物です。永生は、ここから始まるのです。真の愛の関係を中心として、永生の論理をいかに立てるかという問題は、宗教で極めて大切なことです。男性、女性に永生があるのではありません。神様の真の愛に、永生があるという結論が出てくるのです。

真の愛でのみ救いが可能

 今日キリスト教徒たちは、「イエスを信じれば永生する」と言います。言葉では、素晴らしいことです。それならば、永生はどのようにするかと聞けば、「そのようにします」と言います。永生は、継続的な作用を続けるところにあります。その人生の道を永遠に行くのです。どのように永生するかと聞けば、皆さんはどう答えますか。イエスを信じれば永生し、救われるとは、とんでもないことです。真の愛によってのみ救われるのです。

 神様の創造原則から見れば、真の人だけが神様の真の愛の同伴者です。真の愛をもてば、永遠に生きるようになっています。真の愛の圏内に入れば、霊界や地上に生きる時に、自分がどこへ行って住むか、見ることができます。

 皆さん、大洋を航海する大きな船に、遭難する危険が生じれば、その中に住んでいたねずみが、全部ロープをつたって陸地へ逃げるという話を聞いたことがありますか。微々たるものにすぎない動物も、未来の生死圏を判断することを知っているのに、万物の霊長である人間は、そうではありません。

 これは、堕落のゆえです。この堕落の環境をどのように脱ぐかという問題が、すなわち悪魔の愛と生命と血統から、いかに解脱するかによります。「解脱」という言葉は、抜け出るということです。完全に抜け出て、関係のない立場、自主的な立場に立つのです。

永生に必要な観念

 私は、永生し、真の愛を実践する人です。私がここで何かをしていても、工場で仕事をしていても、永生を延長させる材料です。永生を訓練し、永生を育てる訓練材料を生産することが、自分のやっていることであると思ってください。皆さんにとって、永生と真の愛は、永遠に必要なのです。


韓鶴子総裁講演集」より